加和良(かわら)神社
大正11(1922)年に今の場所へ移るまでは、現在地より南に約800mのあたりにあった。
加和良神社は、延喜式内社(えんぎしきないしゃ)であり、天平19(747)年『大安寺伽藍縁起并流記資財帳』に,「奄藝郡城上原四十二町 開十五町 未開田代三十七町 四至〔東濱 南加和良社并百姓田 西同田 北濱道道之限〕」と記述のある由緒正しい社である。また、延長5(927)年にまとめられた延喜式神名帳には、伊勢国菴芸郡13座の2番目に名が載っている。昔は、加和良神社が当時の浜街道に沿い、伊奈冨神社に参詣する分かれ道にあったと思われる。
<ご祭神>
このはなさくやひめのみこと たけうちのすくね こうらたまたれのみこと ほんだわけのみこと
木花咲耶毘売命 武内宿禰 高良玉垂命 品佗和気命
すさのおのみこと やちまたひこのみこと やちまたひめのみこと
須佐之男命 八衢比古命 八衢比売命