東ヶ岡神社
伊奈冨神社の元宮。およそ2100年前の第10代崇神天皇の5年、再三にわたり神夢のお告げがあり、天皇が伊勢国造道上楯並命と高向葛木臣をこの地に遣わされた。東ヶ岡には稲生の大神たちがおり、改めて社殿造営の地を占うように告げられる。そこで三嶺の合歓木(ねむのき)を焚いて霊亀を焼いて(亀卜(きぼく))、大宮・西宮・三大神の三つの社(伊奈冨神社)を祀る場所を占い、現在の伊奈冨神社の場所に祀られることになる。
また、昔から日照りが続くと、東国登りといって稲生の農家がこぞって行列をなし、東ヶ岡に登り笛や太鼓、鉦、法螺貝などの鳴り物入りで雨乞いを行っていたようである。大正13年が最後であった。
所在:鈴鹿サーキット内S字コーナー付近
NI27-02 神路岡(かみじがおか)碑
伊奈冨神社の由緒について書かれている。
社伝によれば、神代、東(あずま)ヶ岡(鈴鹿サーキット地内)に御神霊が出現せられ、今よりさかのぼることおよそ2100年の崇神天皇5年、霊夢の神告により勅使参向のもと、「占(うら)木(き)」の地にて社殿造営の地を占われ、神路岡に大宮・西の宮・三大神の三社を鎮祭されたのが、伊奈冨神社であるという。