いのう遺跡文化探訪|スポット野町2

清水家の墓
画像 白江野用水分水碑2
 野村から野町へ通ずる所にあり。鳥見役であった清水家の墓である。
野村新田は正保元(1644)年、紀州藩の初代藩主徳川頼宣(南龍公)より野町新田と共に賜った。紀州家家臣、鷹匠・清水政弘は、鳥見役として当地に赴任、以降当家は代々ここに居を構え、紀州候が狩りの時はこれに仕え、平素は飛来する「鶴」の状態を観察し報告する役にあたった。当時、この流域の灌漑用水は潤沢でなく、ひでりの年は水に困り、往々にして祓川池の水について下流域と紛争を生じた。清水家は常に公正な立場で、この紛争を調停し、時に文書を持って紀州藩の役人に申し出る等、野村のために尽力されたのである。