野町山 南龍寺(のまちさん なんりゅうじ)
浄 土 宗
寛文11(1671)年、紀州藩主であった徳川頼宣(南龍院)(徳川家康の十男)の滅後、特に開墾されたこの野町西宮の地に御魂屋を設けて地蔵院と称して南龍公を奉った。明治6(1873)年、地租改正により一時は廃寺となったがその後、再建の決議が行われ明治15(1882)年、白子の悟真寺 服部高忍上人が村人の信仰により浄土宗の寺を再興し「南龍寺」と号した。現在の本堂は大正15(1926)年2月に着手して、昭和3(1928)年に完成し落慶されたものである。
内陣中央の本尊は阿弥陀如来座像で、印相は「来迎印」の形である。光背は二重円光になっている。両脇には左側に観音菩薩立像と右側には勢至菩薩立像、内陣左側に善導大師坐像、右側に法然上人坐像がある。左端の中央には阿弥陀如来座像が安置されており、印相は「阿弥陀定印」で、光背は唐草模様の舟型光背である。
北側中央に安置されている厨子には南龍公(徳川頼宣)の位牌が奉られている。また右端正面(南側)には延命地蔵菩薩の石像が安置されており、左横にある位牌棚上段には、極楽浄土から迎えに来る「来迎」を表している阿弥陀如来立像と両脇には左側に観音菩薩坐像、左側に勢至菩薩坐像が安置されている。
本堂に安置されている地蔵は、僧形で宝珠・錫杖をもつ座像石仏である。
境内に地蔵堂と行者堂があったが、どちらも老朽化し、地蔵堂は取り壊されて、仏像は本堂に安置されている。行者堂は、鉄骨の小さな御堂が建てられている。