いのう遺跡文化探訪|稲生通り地区 1

師成親王の墓
画像 師成親王の墓1
画像 師成親王の墓2
【個人宅の敷地内につき観覧希望の際は要連絡】  師成親王は、正平16年/康安元年(1361年)摂津住吉行宮で誕生する。後醍醐天皇の孫、後村上天皇の皇子で、長慶天皇の弟にあたる。若年から和歌才能が認められた。やがて出家して臨済宗仏光派に属した。 神宮寺が千草忠顕の系統だったので、南北朝の難を避けて当地へ頼ってこられたようである。具体的な足跡としては、応永30年(1423年)3月に伊勢栗真荘(三重県鈴鹿市)の南陽寺泉昌庵で『新葉和歌集』(富岡本)を書写したという。終焉の地をめぐっては周防説と伊勢説に分かれるが、室町期の文芸研究が進展した昨今では伊勢説が有力である。