大井富蔵翁は稲生に生まれ、アスベスト事業にて一財を築き、豊御崎神社のご造営、成泉寺の整備のほか、教育軍人援護事業や稲生村の教育費にも多額の寄付を成すなどの功績を遺した。稲生の村人たちはこの徳行に感謝し彰徳碑を建てるに至った。
表 大井富蔵翁頌徳碑 陸軍大将 菱刈隆 書
裏 大井富蔵翁 ------------------------------------------------
明治元年(一八六八)五月十日本村大字稲生大井與三末氏ノ長男トシテ生ル天資頴敏ニシテ氣概ヲ尚ブ明治三十年(一八九七)大志ヲ抱キ東都ニ上リ岩谷松平氏ニ依リ煙草製造販賣ニ従事ス然ルニ明治三十七年(一九○四)事業ノ官營トナルヤ意ヲ決シテ妻子ヲ桑梓ニ托シ大阪ニ到リ神戸ニ轉ジ苦闘十數年遂ニアスベスト事業ニ着手シ營々辛苦業績碑ニ擧リヨク今日ノ大ヲ成ス翁又敬神崇祖ノ念厚ク大正六年(一九一七)本村伊奈冨神社ニ御神燈二基ヲ献納シ昭和十五年(一九四○)神社別宮豊御崎神社社殿ノ腐朽セルニ際シ數千金ヲ以テ獨力之ガ御造營ニ當リ更ニ菩提所成泉寺整備ノタメ巨額ノ寄附ヲナシ洵ニ報本反始ノ範ヲ垂ル其ノ他教育軍人援護等ノ事業ニ盡力シ其ノ徳行枚擧ニ遑ナシ昭和十六年(一九四一)三月十六日歿ス嗣子文雄君翁ノ遺志ニヨリ本村教育費トシテ金壹千五百圓ヲ寄附セラル信ニ翁如キハ立徳ノ士ト謂フベシ是ニ於テ村民一同翁ノ徳行ヲ感謝シ曩ニ彰徳碑ノ建設ニツキ村議一決スルヤ翁ガ生前其ノ薫陶ヲ受ケシ諸氏欣然費ヲ醵セラル工竣ル茲ニ以テ翁ガ景行ヲ延ブト云フ
神宮皇學館大學豫科教授 正六位勲六等植村芳男撰
昭和十七年一月 八十七翁市川進書 石工 古市市蔵
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※桑梓・・・・郷里。
※報本友始・・・・祖先の恩に報いること。
※枚挙に遑(いとま)なし・・・・非情にたくさんありすぎて数え切れない。
※芳男・・・・国分町出身。二見に住み、松坂短大の教授。昭和六十三年没。
※アスベスト・・・・アスベスト(石綿)を用いてパッキング(兵器用)を造っていた。
※市川進・・・・・字は徳夫、塔南と号し、安政三年(一八五六)十二月、津市万町に生まれた。漢詩をよくし、南画・篆画にすぐれにすぐれ書もまた優秀で五体いずれも妙域に達した。隷書は天下第一の評があり、近郷とて市内にも塔南翁の筆跡を多く見ることができる。九十有余の天寿を全うした。
― その他の伊奈冨神社の史物 ―

庭園七島池

祖霊社(祈念所)

大井富蔵翁彰徳碑

市政五十周年記念碑

豊御崎神社の碑

招魂碑の案内碑

山の神の碑

招魂碑

つつじ山の碑

三大神旧跡

大井僊之丞彰功碑