光明山 本照寺 (こうみょうざん ほんしょうじ)
真宗 高田派
真宗高田派。開基は永正年間(1504~1520年)である。第1世明円上人は、高田本山第10世真慧上人が関東より一身田の地に本山を移された時、いっしょに来られた弟子のひとりである。真慧上人がこの地において念仏の教えを伝えられた時、塩屋村63人の檀那が連判して、文亀3(1503))年、明円に塩屋の古里に来てもらうことになり。塩屋道場を開いたのが始まりである。
最初、古里土宜清兵衛屋敷の南東に小さな草庵であったが、のちに福楽寺の西隣に屋敷替えをしたという。
寛文8(1668)年には、古里より現在の地へ屋敷が移された。末寺はないが、道場が、永正12(1515)年に中村道場(元は今のこがね園にあり、その後、釈迦堂に移った)、永正2(1505)年頃に西村鍛冶屋垣内道場(稲生西二丁目)、永正2(1505)年頃に冨山(稲生塩屋二丁目、今の加和良神社の東?)に禅教道場と3つでき、本照寺傘下であった。
住所:鈴鹿市稲生塩屋2-20-23
駐車場:あり
― その他の本照寺の史物 ―

塩屋八景碑

塩屋縁起翁草

本尊阿弥陀如来像

阿弥陀如来像

聖徳太子像

禅教道場像

鍛冶屋垣内道場像

六字名号