いのう遺跡文化探訪|スポット 伊奈冨神社3-13

真宮禾堂句碑
 「神の秘むる 色むらさきに つつじ山」 三大神旧跡への参道の中ほど、山の神の脇に位置する。  真宮泰龍(禾堂) 明治11年(1878)3月、真宮如実の長男として神宮寺に生まれる。
高野山大学を卒業し明治37(1904)年に住職を継ぎ、高野山金剛峯寺の霊宝館長、東寺の宝物館長を歴任。若くして佐佐木弘綱(信綱の父)に師事して和歌を修め、後「みどり短歌会」を創立して主宰した。
明治38(1905)年10月、歌集「霊(くし)火(び)」を出版した。県下最初の歌集で、斬新な装丁で時の人に驚嘆された。書・漢詩・南画・仏画を学び、起曇又三峰学人と号した。歴史・神代文学・考古学にも造詣が深かった。短歌10万首、俳句も革新的で5万首作った。短歌は三重歌欄の選者をし、東京女高師フレーベル会の選者ともなって指導した。また当時としては珍しい吟行を実践した。明治37~38(1904~1905)年頃、村の青年を集めて俳句指導をしたことがあった。
昭和16(1941)年秋、八束穂句会を創立して主宰した。会員は多く盛会であって、今に続き500回に近い。昭和31(1956)年4月裏山に筆塚を、伊奈冨神社へ句碑を建てた。大正11(1922)年に編した稲生郷土史は貴重な作で、今も貴重なものである。
 明治11年(1878)3月、神宮寺に生まれる。高野山大学に学び、書画を究め、漢詩・短歌・俳句に巧みで名が高かった。一方、神代文学・考古学にも造詣が深かった。
昭和50年(1975)9月25日97才にて没した。
― その他の伊奈冨神社の史物 ―
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画像  真宮禾堂句碑 伊奈冨神社 真宮禾堂句碑